「サイエンス」か「アート」か

カウンセラーとして質問を受けることがある。

「カウンセリングはどれくらい続ければいいのでしょうか」とか、「何回くらい通えば良くなりますか?」とか。

誠実に答えようとすればするほど、簡単に答えられない。

 

カウンセリングは「サイエンス」か「アート」かという議論がある。

「サイエンス」であるならば、実証性、再現性、客観性が重要となる。

科学的に実証された知見に則ってやれば、心のことも、ある程度は予測ができるといった感じだろうか。

(それにしても「人」や「心」という不確かなものを対象に、実験や検証を重ね、科学的アプローチを編み出し、臨床心理学という学問にまで昇華させてきた先人たちのチャレンジはすごい!!)

 

一方「アート」は抽象的で創造的な、予測を超えた流れのようなものではないかと思う。

あらゆるものがカウンセリングの要素となってそのプロセスに出入りする。

個々の神秘性、閃き、偶然の出来事、自然の采配、外界との関連性…

そもそも森羅万象はアートだと思う。

今、自分が生きていること、今朝、庭のトカゲが草むらから頭をもたげたこと、すべてはアートそのものではないか。

 

「サイエンス」と「アート」は二律的にどちらかというのではなく、共存しているものだと思う。

そのバランスの加減は、センスかもしれないし、職人仕事的なものかもしれない。

期を待つということも大切だと感じる。

一人では苦しくても、共に待つ存在がいることは大きい。

閉じられてびくとも動かなかった扉が、次々と開くときがふいに訪れ、驚いたりする。

 

一つお伝えしていることがある。

一人の中でグルグルまわって硬直している状態に、カウンセラーという新しい要素が加わると、ゆっくりとではあるかもしれないが、確実に動き始めるいうこと。

 

どちらにしても、冒頭の質問には、誠実に答えていかなければならない。

大風呂敷をひろげることなく、けれども確かな望みを共有して歩めたらと思う。

 


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