犬との記憶

皆さま、明けましておめでとうございます。

新サイトから新たな気持ちで、今年初の投稿です。

 

お正月に時も忘れ、一気に読み終えた本を紹介します。

アラシ 「奥地に生きた犬と人間の物語」 今野保 ヤマケイ文庫

今から100年も前、北海道の美しくも過酷な大自然の中で生きた一家の、実話に基づく物語。

本の題名となっている「アラシ」はエゾオオカミの末裔らしい。

人間と犬の原初的な強いつながりがあった時代、生と死が隣りあう原野で繰り広げられる、奇跡のようなノンフィクション。

血が騒ぐような体感をもって読みふけった。

 

本に刺激を受けたのか、私の記憶の中にあった犬とのエピソードがよみがえった。

50年も前のある年の初夏、父が知り合いから成犬をもらい受けてきた。

「デヴィ」と名付けられたメスのボクサーで、仕事で村に滞在していた若いご夫婦が飼っていた犬だった。

家に来た日は、一晩中吠えて一夜を明かしたが、次の日には運命を受け入れたのか落ち着いた。

当時まだ小学校の低学年だった私は、自分よりも大きくみえる「デヴィ」に怖さを感じながらも、早く仲良くなりたかった。

父や兄が担当する散歩について行ったり、餌やりをしてみたりするなかで、徐々に怖さは和らいでいく。

 

そのうち「この大きな犬を一人で操ってみたい」という気持ちが高まっていった。

ある日、意を決した私は柱からチェーンを解き、一人でデヴィを散歩に連れ出すことに成功した。

デヴィは規則正しく早足で歩を進める。

必死にチェーンを握る子供の手に、デヴィの肉体の迫力が伝わってくる。

「私一人でデヴィを散歩させている!」という晴れがましさ、誇らしさで一杯になった。

 

そのときである。

ふいにチェーンを握っていた手に強い衝撃が走った。

突然、デヴィが狂ったように急な下り坂を駆けだしたのだ。

「デヴィッ!」その瞬間、私は渾身の力で叫んでいた。

するとデヴィはピタッと止まったのである。

あの時、デヴィの機転がなければどうなっていたことか。

幅がわずか50センチほどの細い下り坂の左右は、どちらも数メートルの奈落の底で、落ちたら少々のケガではすまなかっただろう。

特に左側は不気味に水がよどんだ内海で、小学生の私が脱出できたかどうかわからない。

 

この経験は子供の私に大きなものだった。

人はいざというときに、とっさに自分の身を守る行動をとることを知った。

死の恐怖を感じた私は、「デヴィッ!」と大声で叫び、狂ったように走り出したデヴィを我に返らせた。

命をかけた叫びは「人」と「犬」という種を超えたものであっても、まっすぐ存在の中心に届くのだ。

 

しかし、なぜデヴィは突然、火が付いたように駆けだしたのか。

デヴィは、100メートル先の神社の下に、元の飼い主のダンプカーがあるのに気づいたのである。

もしかしたら、飼い主の匂いもキャッチしたのかもしれない。

求めてやまない懐かしい元の飼い主。

その圧倒的な感情の衝動の中にあって、新しい小さな飼い主の叫びに反応したデヴィの叡智に感謝する。

 

デヴィとの別れは突然やってきた。

ある日学校から帰ると、デヴィのいた納屋の一角ががらんとしている。

元の飼い主ご夫婦が、急にこの地を離れることになったので、デヴィを返したのだという。

寂しかったけれど、デヴィのためには良かったなと思えた。心から……

デヴィのその後の消息は知らない。

きっと大好きな飼い主のもとで、幸せに一生を終えたことだろう。