あの猫のように

朝、起きるのがだるかった。

2日続けてお腹もこわし、明らかに消化能力も落ちている。

思いあたるのはこの猛暑。

名古屋は7月末から40℃越えが何日か続き、8月に入っても35℃以上の猛暑日が多い。

一か月以上も続くこの過酷な暑さは、肉体をじわじわと侵食してきたに違いない。

無理はすまい。

今日できることも明日に延ばそう。

残りの夏は、堕落モードで過ごすのだ。

あの猫のように。

あの猫とは、もう50年も前に、幼い私が出会った野良猫。

ある夏の昼下がり、涼しい風が通り抜ける渡り廊下に、白黒模様の大きな猫が横たわっているのをみつけた。

そっと近づいた私に気づく気配もなく、無防備に横っ腹をみせ、いびきまでかいて惰眠をむさぼっている。

猫を見下ろしながら、意地悪な高揚感がめばえた。

私は、ふいを突いて猫の横っ腹をポンとたたいた。

その瞬間、猫はぴょんと跳びあがったと思うと、パニックになって宙をかき、猛スピードで逃げて行った。

今思うと、可哀そうなことをしたものだ。

猫はうだるような夏の午後、人目のない涼しい場所をみつけて涼んでいるうち、思わず眠りこけてしまったのだろう。

それにしても野良猫とも思えない無防備な有様がおかしくもあり、「堕落猫」として私の記憶に刻まれた。

「堕落」を辞書で引くと、「身を持ち崩すこと、品行が悪くなること」とあるが、私は「堕落」にユーモラスなイメージと親しみを持っている。

あの猫のおかげか。

もうずいぶん昔に天国に行ったであろうあの猫を、愛すべき堕落猫としていまだに懐かしく思い、自分の堕落にもきわめて寛容なのだ。