「女二人のニューギニア」を読んで

こんなに面白い滞在記があったとは……

「女二人のニューギニア 有吉佐和子 河出文庫」

今から58年も前の1968年、文化人類学者の畑中幸子氏に誘われて、作家の有吉佐和子は軽いノリでニューギニアを訪ねる。

滞在先はニューギニアの奥地、ヨリアビというシシミン族が住む地。

セスナを降りて、3日間山を歩いてやっと辿り着くのだが、最後のひと山を前にして作家は力尽き、まったく動けなくなる。

やむなく木の棒に縄で縛りつけられた作家は、シシミン族二人に担がれてやっとヨリアビにたどり着く。

着いたら着いたで、命がけともいえる日々が待っていた。

早々に挨拶に来たシシミン族の酋長は、2年前の部族間の戦闘で28人もの敵を殺したという。

家の中にいても体中を刺しまくる得体のしれない虫、ジャングルには山蛭、赤蟻。

ネイティブに命じて手にいれるのは、ナマズや野ブタなどのゲテモノ食材。

この地で一人研究を続ける文化人類学者、畑中幸子さんのたくましさに驚嘆する。

日本では大作家の著者も、ここでは自分が何の役にも立たず、畑中さんの足手まといであることを心苦しく思う。

そしてふと思いついたのが、パンツを縫うことだった。

畑中さんは、作家が言葉を失うほどの貧しい現地生活でありながら、使用人のネイティブをよく働かせるために、彼らにとって値打ちものである半ズボンを買って与えることがあった。

そして、いつか自分で縫うつもりで安い生地を買いこんでいることを作家は知る。

それからというもの、作家は毎日必死に何枚ものパンツを縫う。

畑中さんは作家の隠れた才に驚き、手放しで喜ぶ。

ところが、まもなく畑中さんは当惑する。

「えらいことになったわ、テアテアが働かんようになってしもうた」

何を命じても、使用人のテアテアは、その下で働く子供のマナマに言いつけて自分は動かなくなった。

大人しかできない用をいいつけると、「やりたくない」と口答えする。

シャツとパンツを身に着けた自分のようなエリートに、そんな用を言いつけるとはとんでもない、という顔をするのだ。

結局テアテアは畑中さんのもとを去る。

その後の畑中さんと作家の会話が面白い。

「テアテアは大したものねえ」

「パンツはいてから、出世したように思いこんだんやろねえ」

この地との別れは突然やってきた。

当初の3日間ほどの滞在予定が、行きに痛めた足のせいで、帰れる見通しがたたないまま1ヵ月経っていたのだ。

そんな折、天から降ってきた偶然の幸運。

ネイティブたちの奇声で、二人が外に出てみるとヘリコプターが飛んでいるではないか。

夢中で手を振る。

赤い帽子をかぶった白人の操縦士は、片手をあげてこたえると、草原に着陸したのである。

このチャンスにハッと気がついた畑中さんは作家に言う。

「あんた早う支度しなさい。私が上手に話してあげるから」

畑中さんは帰るに帰れなくなっている作家を、小さな空港のあるオクサプミンまで送るよう、ヘリの操縦士に頼んでくれた。

「お安いことですよ」操縦士は快諾する。

別れの場面にはほろりとした。

作家は帰国後、夜になると高熱が続き、マラリアにかかっていることが判明。

マラリアから回復したことも、そもそも帰国できた際のエピソードも奇跡と言ってもいいくらいのことだ。

この滞在記が書かれてから60年がたとうとしている。

現在のヨリアビはどのように変化しているのだろう。

子供のころ、好んで見ていた「驚異の世界」や「すばらしい世界旅行」のような未開の地が紹介されるTV番組がしきりに懐かしい。

ポリネシア地方を取材した回だったと思う。

バナナの葉にタロイモを包んで蒸して食べるネイティブにあこがれ、いつか行ってみたいとさえ思ったが、そんな生易しいものではなかった。

読み終わった今、面白かっただけではすまない、ずしんと響くものがある。